2020年9月アーカイブ

これからも歩み続ける気仙沼


来年で震災から10年を迎え、気仙沼にもやっと日常が戻りつつあります。
前回お話した遠洋鮪延縄漁業ですが、出港の際に「出船おくり」が行われます。「出船おくり」とは、漁に出る船を乗組員の家族や友人、船主、関係者が航海の安全と大漁を願って岸壁から見送る、気仙沼の行事です。今、この「出船おくり」が観光イベントのひとつになっています。
気仙沼の女将さんが結成した「気仙沼つばき会」のみなさまの取り組みによりご来訪の方々も参加できるようになり、気仙沼の観光情報サイトでも「出船おくり」の日時が記載され、観光客の方も参加できる行事となりました。
漁船は大漁旗が飾られ、船主の好みの曲などを鳴らしながら出港し、見送る家族は色鮮やかなテープと福来旗を振って見送ります。


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気仙沼港の出船おくりの様子
出展:【公式】気仙沼の魅力をいっぺぇ詰め込んだ観光情報サイト


当社の船が出港する際も「出船おくり」を行いますが、船が無事に出港していく姿を見るとホッとします。船を無事に出港させるためには、さまざまな準備があります。今年は特に新型コロナウイルスの影響で気苦労が絶えませんでした。
外国人船員はギリギリ入国することができ、船員全員に検査を受けてもらいました。船は3密です。もし、船員の誰かが無症状で発症していたら海上で船員全員が新型コロナウイルスに感染してしまいます。そのため、今回は「出船おくり」から2週間は安心できませんでした。
2週間が過ぎ、体調を崩した者が居ないと報告を受けた時、やっと肩の荷が下りた気持ちになりました。現在も元気にマグロを追い求め、太平洋を中心に世界の漁場を渡っています。




震災から10年を迎えるにあたり、当社の復興プロジェクトも来年竣工を迎える本社の建て替えで、ひとまず終了となります。
本社は気仙沼港の目と鼻の先にありましたが、先代が残してくれた鉄筋コンクリートの頑丈な建物で、倒壊は免れました。しかし、防潮堤を再建築する新たな計画は国道を最大で約2.5メートルかさ上げし、防潮堤と国道の高低差を最大で70センチに抑えるため、取り壊しとなりました。
先代は船を何隻も造船していたので、建築にも詳しく、以前の本社は先代の想いが詰まった建物でした。しかし、地域の安全のためには仕方ありません。そのため、新しい本社も以前の面影を残した佇まいになる予定です。
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初代の本社ビル


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先代が建てた震災前の本社ビル


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来年竣工予定の本社ビルのCG
時代が移り変わっても、「気仙沼の新鮮な魚を届けたい」という信念は創業当時から変わることはありません。




震災から10年が経過しようとしている今、東日本大震災で被災し、再建を進めてきた「浮見堂(うきみどう)」が2020年7月に完成し、その他にも、「氷の水族館」や「シャークミュージアム」、内湾地区の再生を図る観光集客拠点とした商業施設「迎(ムカエル)」などやっと復興が形になり、さぁこれから!と言う時に世界を襲った新型コロナウイルス。気仙沼の観光も打撃を受けています。
当社も給食の停止や飲食店の自粛営業。宴会やイベントの中止によって大きな影響を受けました。


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浮見堂(うきみどう)


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氷の水族館


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シャークミュージアム
出展:【公式】気仙沼の魅力をいっぺぇ詰め込んだ観光情報サイト


しかし、10年かけて一歩一歩着実に進めてきた復興プロジェクト。気仙沼はこれからも歩みを止めることはありません。皆様が安心して気仙沼にお越し頂ける日を心待ちにしています。
その日が来るまで、気仙沼の海の幸は通販でご賞味頂ければ幸いです。是非、川印・気仙沼ブランドの新鮮なマグロや海の幸をお楽しみください。


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村田漁港公式サイト



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遠洋鮪延縄漁業


今回は、村田漁業が行っている遠洋鮪延縄漁業についてお話したいと思います。
前回のお話でも触れましたが、遠洋鮪延縄漁業も人手不足の状態です。特に船舶職員という船長機関長などの資格者の高齢化が進んでいます。船員は外国人の方を戦力にしていたのですが、後継の資格者がおらず、一番多い時は船を10隻所有していましたが、現在は2隻で操業しています。
そのうちの1隻『第8大功丸(479屯)』は、最新鋭の船凍技術を搭載し、2014年4月に水産庁の漁業構造改革推進事業により竣工した遠洋鮪延縄船です。最新技術よって凍結された製品は想像以上の出来栄えで、まさに鮮度抜群です。私達はマグロの漁師として、この美味しい『気仙沼産船凍マグロ』の普及拡大に努めています。


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第8大功丸(479屯)


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進水式の様子




遠洋鮪延縄漁業は最低1年間は気仙沼に戻ることはありません。気仙沼から南米ペルー沖まで行くのですが、漁場が港から離れているためどこかの港に行こうとすると1~2週間かかってしまいます。そのため、ハワイのホノルルとパナマを基地にしてタンカー船が運航しているのですが、彼らが野菜などの食料を積んでいるので1ヶ月に一度くらい、燃料や食料を購入しています。なので、一度漁に出てしまうとほぼ海上で過ごすことになります。


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気仙沼港




クロマグロや南マグロなどの値の張る魚の個体数の減少が危惧され、十数年前から国際的に資源管理がされています。そのため今はかなり回復してきたのですが、現在はメバチマグロ、キハダマグロ、メカジキなど、今まで手頃な価格で手に入っていた魚の漁獲量が減っています。これらのマグロを以前は当社でギフトセットを組み合わせて販売していましたが、震災後から極力お客様にセレクト頂くスタイルを取っています。贈呈用でも、お送りする方の好みにあわせて送りたいという方が今は多いですね。そのニーズに応えるようにしています。
銀座のお寿司屋などにも卸している『気仙沼産船凍マグロ』。当社では個人販売にも力を入れています。消費者の方と直接つながり、高品質な気仙沼産の海の幸をリーズナブルな価格で販売することで、全国の皆様への恩返しを込めています。ぜひ、マグロをはじめとした鮮度抜群な気仙沼産の海の幸をご賞味ください。


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マグロの水揚げ風景


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気仙沼産船凍マグロ




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村田漁港公式サイト



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再開後の問題


製氷工場を2011年8月にマグロの加工工場を11月に復旧し、何とか会社を稼働させることができましが、問題はまだまだ山積している状態です。
3月に震災があり、11月に稼働となりましたので約8ヶ月です。社員の頑張りもあり、比較的早い段階での稼働にこぎつけましたが、それでも今までお付き合いがあった業者さんは他で魚を調達しなければなりません。
再開できたと連絡をしても、もう違うところと取引をしていると言われて、販路を失うこともありました。


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村田漁業で取り扱っている商品。漁師の目で選び抜かれた気仙沼の幸は全て冷凍品になります。鮪製品は柵状で、カツオ、ビンチョウは節状になっています。




事業を再開してからも問題は続きます。「風評被害」の問題です。
事故地である福島県やその周辺地域の農水産物や商品を忌避する動きがあり、なかでも事故地域の農水産物・畜産物の価格の下落、買い控えといった消費者に直接的に関係のある食品関連の風評被害が多かったです。
気仙沼も例外なく風評被害の影響を受け、当時はトラックが福島を通っていくだけで嫌がられることも度々ありました。
当時に比べれば、大分改善しましたが、震災から来年で10年という月日が流れても、風評被害がゼロには至っていないと思います。




もうひとつの問題は人口の流出です。
震災で親戚や知人を頼り、県外に移り住む人が多く、区画整理事業などが完了した今も住民の帰還はあまり進んでいません。それは、気仙沼だけの問題ではなく、被災地となった多くでその傾向が強いです。
その為、人手不足に陥っています。特に魚の加工をする仕事は敬遠されます。その為以前のように専門で作業をするということは無く、異なる魚の加工を社員総出で行ってフォローしています。


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松岩冷凍工場は冷凍工場に加工工場を併設し、水揚げされたマグロなどを商品として加工・出荷します。工場内では徹底した衛生管理のもとに作業が行われ、安全で新鮮な商品をお届けしています。


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仕入れた原材料や製品の一部は、-55℃に保たれた施設で万全に保管し、鮮度を守ります。




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復興の一歩


当社は宮城県気仙沼で明治41年に鮮魚仲介業として創業以来、これまで一貫してマグロを取り扱って参りました。
東日本大震災によって、所有する遠洋鮪延縄漁船は6隻から2隻となり、本社を含め工場や倉庫など10カ所が全壊の被害に遭いました。震災から来年で10年。節目の年にようやく本社も完成となり、ひとまず復興プロジェクトは最後となります。
今回、その本社を設計頂いたご縁で、アーネストさんのブログにご寄稿をさせて頂くこととなりました。震災から10年の歩みと共に当社の取り組みをお伝えできればと思います。




東日本大震災によって加工場や製氷工場が大破。計10箇所の工場や倉庫が被害を受けました。本社は鉄筋コンクリート造だったため倒壊は免れましたが、防潮堤の再建による区画整理で取り壊しを余儀なくされました。
当時、倉庫内にマグロやカツオが約400トンあり、倉庫の被害損害だけで2億円以上。天災ということで何の保証もありませんでした。また、腐敗してしまうため衛生的にそのままにしておけず、地震後すぐに処分しなければなりませんでした。大切な商品が重機でごっそり持ち上げられる姿は切なかったですね。負を背負っての復興です。


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震災当時の写真


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倒壊した製氷工場


でも、黙々と瓦礫の片づけをする従業員の姿を見たときに、絶対に元に戻してみせると決心しました。ただ、失業保険の給付のために従業員を一時解雇せざるを得なかったときは、本当に辛かったです。社員は一旦解雇というかたちを取って失業保険で生活をしていただき、会社を稼動させることができるようになった時点で、再雇用しています。その間、労働基準で認められた1日4時間の勤務時間を守りながら復旧の作業を進めてもらい、従業員のほとんどが会社に戻って来てくれ、嬉しかったです。
従業員の頑張りもあり、その年の8月に製氷工場を復旧させることができました。漁には鮮度を保つため大量の氷が必要です。製氷工場ができないと気仙沼に船が帰ってくることができません。沿岸の小舟はかなり被害に遭いましたが、遠洋に出ていた多くの船は無事だったため、製氷工場の再建は急務でした。


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復旧した製氷工場


気仙沼の復旧は早かったと思います。氷もですが、油の施設だったり、食料の供給とか。市場は6月から稼働するなど、そういう面ではみんなすごく頑張っていました。
そして、マグロの加工工場が11月に復旧させることができ、年末のギフトになんとか間に合わせることができました。マグロの加工工場が完了した時点で、会社を稼動させることができ、なんとか震災前の業務体型で運営できるようになりました。




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