第三回│刺激を与えるモノ
2015.11.1
インテリア
野澤隆之
B&B Italia S.p.A.
刺激を与えるモノ
沢山の刺激の積み重ねが何かを生み出すかもしれない。
刺激とは興奮であり、緊張であり、心に何かを刻む。私の仕事は趣味と一体です。徹底して好きな事を追求してしまいます。その中に沢山の刺激もあります。
車のビジネスの関係ではロンドンへ行くことが多く、到着すると頭の中にはあの007のテーマが流れます(笑)。
たくさんの人種が交錯する国際都市。たくましく国際社会で、そのポジションを堅持する金融の国。他国の資本が入ろうとも、GBの企業として逞しく君臨する企業やブランドたち。この国のたくましさは日本も見習わなければならないことが多いです。
そして、男性の街という印象を受けるのも事実です。この街に行くと、何か一つ長く使えるものを手に入れたくなります。きっとこの国は今でも、世界の中心にいるという思い込みがあるのでしょう。確かにこの国でしか作ることのできないものもあります。例えばRolls Royce。資本はどの国が持とうとも、説明のいらない製品づくり。ただ高性能だからではなく、真の高級という意味で、真の高級車が作れるのはこの国しかないのではないでしょうか。
ドイツも高級車を作ります。しかし、こんなエンジンで安全性能が云々と長々と説明を必要とします。Rolls Royceはどうでしょう。あのパルテノングリルが登場しただけで説明はいりませんよね。それがこの国の歴史なのだと思います。だから、街や人に圧倒される。アストンマーティン社も、他のメーカーとは比較にならないほどの脆弱な財務環境の中で開発をし、さほど変わらない車を堂々とアンヴェールします。一瞬の戸惑いの後に、人々は理解しようと頭を巡らせ始める。顧客に解釈させる。嫌味に聞こえますが、これがまさにブランドの力なのだと思います。人々はそこにダンディズムやノスタルジックな魅力を感じるのです。
車好きがレースをして、開発をして、市場に出してくる。昔の車屋の感覚がこの会社にはあります。そこが心惹かれるところなのです。だからアストンマーティンは昔からの車好きが、車好きのままでいられる、数少ない選ばれしブランドの一つとして君臨してゆくのでしょう。そしてもうすぐ、このブランドが他にどんなPR活動をしても太刀打ちできない、最大のPRとなる007が公開を迎えます(笑)。
家具や船のビジネスで訪問するミラノはどうだろうか?
例えば最大の家具の展示会ミラノサローネ。沢山の製品や作品の中に、心に響くものがあります。どこで造られているのだろう?誰のデザイン?どうやって実現した形状なのだろう?そして、沢山のデザインの天才たちの作品が交錯する世界で、個性や哲学をどのように表現して歴史を積み重ねてゆくのか。強烈な個性やビジョンや強い思い込みや妄想、すべてがブランドの構成要素となり、そのブランドの本質を高めてゆく。その結果としてブランドといわれるポジションになってしまったのかもしれない。”なんでこの人がそれほどのブランドを立ち上げたのだろう”と、どんどん個人やファミリーなどに興味が深まっていきます。そうしたファミリーとの交流もとても刺激的です。
“環境”という事もとても重要に考えます。
築200年とか500年前の建物や歴史に囲まれ、そしてグラスやナイフとフォークもデザインされているような環境の中で生活し、最新のデザインが集まるファッションやインテリアに囲まれ、自分の人生をかける価値のあるものをデザインする。そんな環境が生み出す事や物や人々に心惹かれるのも理解できます。環境が人を造り、人が刺激的な事や物を造りだす。すなわち文化を生み出す環境が整っている街はとても強い力を感じます。
そのミラノから北へ1時間ほど行った内陸にあるのが、イタリアンクルーザーブランドの雄AZIMUTです。世界市場で最も成功したクルーザーブランドと言っても過言ではありません。輝かしい歴史を持つブランドが次々に身売りをしてゆく中で、このブランドはいまだ強固な経営基盤を維持しています。”なぜ?”疑問から探究心は湧いていきます。ファクトリーを見に行く。経営者に会う。気が合う。取引が始まる。実に自然な流れで、シンプルに深まってゆく。”気が合うかどうか?””パッションを共有できるか?”そんなことが取引以前にもっとも大切なことです。健全経営が商品開発を継続させ、苦しい時期も乗り越え、常に攻めの体制を取れる。そして人々が憧れるようなブランドに近づいてゆく。父親が創業者で娘がPR。父親はよく話すが話もそれほどうまくない。ファッションもさえない、しかし強烈な推進力でこのブランドを推し進める、どうしてそんなパワーが?気になりますよね。そんな探究が刺激となり、行動の動機付けとなる。ブランドを取り巻く人々は私の興味の対象です。魅力的な方々が沢山いる。理想と現実の摺合せ。良い時も悪い時も足元を見つめる強い意志と遠くを見つめる志が共存する方々です。
ミラノからまた1時間くらい南へ下ると、そのAZIMUTが沢山生息する海が広がります。地中海があるから生まれた、その環境がAZIMUTなど船の世界も支えています。ヨーロッパや世界からこの海辺を目指して集まる方々が、AZIMUTの顧客であり、理解者でもあるのです。カンヌで行われるボートショーでは、大きなブースでディスプレイをし、最高のプレゼンテーションが行われます。ビーチやホテルでは連日どこかでパーティが行われる。この環境に心ひかれた人たちが、どんな車で海を目指すのか。どんな時計を付けてどんな洋服に身を包むのか。どんな船を選ぶのか。およそファッションと呼ばれるほとんどの要素がすべてここにはあると実感します。決して無理していない、普通の環境なのでしょう。その世界観に圧倒される。実に刺激的そして一定の緊張を伴う。しかしそこには究極のリラックスもあるのです。そんな刺激に満ちた環境で、自己表現としてのデザインで人々を魅了することができるのか?実に心惹かれる世界です。
そしてもう1箇所。よく行く大好きな場所がアメリカ東海岸の南。マイアミやフォートローダーデールです。この辺りが地中海と、並び船文化のもう一つの中心になりえたのは、もちろんマイアミという刺激的な街や、バハマなどのクルーズポイントがあったからでもありますが、インターコースタルウエイというアメリカの東海岸を南北に走る長い運河が存在します。大西洋が荒れていても、運河沿いにはレストランなどもたくさんあり、運河沿いでもクルーズも成立し、そして運河沿いには船を目の前に停泊できる住宅が立ち並ぶ。この運河が内陸にまで入り組み、海から1時間以上内陸でも自宅前の係留環境が実現できる場所もあります。敷地が運河に面する長さで、当然係留できる船の長さも変わります。だから大きな船を係留できる土地は、間口もあり、運河の深さもあり、大きな船の所有者は当然そういった土地を保有したがります。そんな場所に建つ家もまた実に刺激的です。
クラシカルなアメリカの家も多いですが、特に心惹かれるのはモダンな建築物。究極のウォーターフロントハウスという趣の家も多いです。建物やプールや桟橋外構まで、すべてデザインされて、住宅の内部はデザイナーやインテリアコーディネーターなどにより、最高の家具やアートなどで仕上げられている。ゆったりとした時間が流れ、目の前にはクルーザーが係留されていてクルーが洗っている。刺激的すぎるでしょ?私はこの刺激の中で、さらに海際への思いを強く抱くようになりました。地中海とフロリダ、この2箇所を例にとっても、このように刺激に満ちている。そして、沢山の友人がいる。世界は狭く感じます。また、世界を見れば見るほど日本に心惹かれ、また好きになる。四季があり美しく、人々も優しい。そして食事が美味しい日本は最高だと思うのです。
この日本で素晴らしく刺激的な生活をするには?
それが私の考えるライフスタイルの提案になってゆくのだろうと思います。デザインにかわる言葉のないこの国で、何をデザインしてゆくのか。とても楽しみで実現欲を刺激されます。