第三回│アレキサンダー・ラモント – 素材のストーリー / シャグリーン、パーチメント、ブロンズ
2020.5.25
インテリア
高田真由美
ailes creation
アレキサンダー・ラモント – 素材のストーリー / シャグリーン、パーチメント、ブロンズ
アール・デコの室内装飾に好まれた素材を扱うアレキサンダー・ラモント。その素材やヒストリーに焦点を当てお伝えしますブログの第3回目です。今回の三つの素材はシャグリーン、パーチメント、ブロンズです。ブロンズ以外は聞き慣れないかもしれませんが、最初にご案内するシャグリーンは、お財布や時計のバンドとして使用される素材でもあります。
1.シャグリーン
20世紀初頭のフランスのデザイナーを魅了した装飾素材の一つがシャグリーンです。アレキサンダー・ラモントの素材のご説明をする時にも、まずはこの素材からスタートする重要な素材で、家具・照明・装飾小物・壁面の表面素材として使用します。無数の細かい粒子により美しく反射する質感を持つこの素材は、英語で「シャグリーン(shagreen)」、フランス語で「ガルーシャ(galuchat)」と呼ばれるエイ皮のことを言います。
実はこのシャグリーン、日本でも歴史的に長く使用されてきた素材です。東南アジアで捕獲されるエイの食用にならない皮部分の最大の輸出先はかつてより日本でした。武士たちが甲冑や刀の柄、印籠などを装飾する素材として使用してきた歴史があり、剣刀で言うと1000年以上まで歴史は遡ります。また、上等でキメの細かいワサビのおろし金として使用される素材というと馴染みがあるのではないでしょうか。シャグリーンのスキンに見られる粒子は象牙や歯と同じカルシウムで、この硬い表面を削る加工には非常に高度な技術が必要です。そのためオーストリッチやクロコダイルと比較される高価な素材として扱われます。
削り方により光沢の出方や質感が変わるのがこの素材の特徴です。私が徳川美術館で見た徳川家の刀の柄には実にたくさんのシャグリーンが使われていましたが、どれもゴツゴツとした迫力ある粒子でした。現在ラモントが家具などに使用する滑らかな手触りではありません。滑り止めとしても使用する刀には隆起した質感が良いのかもしれません。ラモントでは、この素材の艶とパターンがもっとも美しく現れるところまで力を入れて磨きあげ、仕上げていきます。初めてシャグリーンの工房へ行った時に、「作り方の一番の秘密」と言って図解してもらったのは、シャグリーンの美しさが際立つ境がスキンのどこにあるかという説明でした。削りはそこで止めるそうです。シャグリーンの美しさがラモント社の技術と感性から出来上がってきているということがわかります。
アレキサンダー・ラモントでは、ルーブル宮にあるパリ装飾芸術美術館においてアール・デコの装飾品の修復を手掛け、シャグリーンについての書籍も執筆するジャン・ペルフェッティーニ氏を美術館から紹介されたことにより、シャグリーンを自社工場で作り始めました。今では代表的素材と成長したシャグリーンですが、商品には環境にも優しいなめしていないエイ皮のみを使用します。そのスキンは強度がより強く、出来上がりが精巧で優しい手触りを持ち、無数の粒子の自然なトーンがとても美しい質感を持っています。それは時間が経つほどに透明感を増し、経年の変化により質感が楽しめる素材です。
2.パーチメント
アレキサンダー・ラモントで扱うもう一つの”皮”素材が「パーチメント」です。「羊皮紙」というとお分かりいただける、古代から文学や文書の筆写に使われてきた紙に代わる素材です。中世の時代の貴族の時祷書など、顔料や金で美しく彩飾された写本をヨーロッパの美術館でご覧になった方も多いでしょう。20世紀初頭のモダニズムの時代においては、インテリアデザイナー達がニュートラルでありながらラグジュアリーな質感を兼ね備える素材を求めたときに人気があり、椅子やキャビネットに張り込んだり、壁パネルとして多く使用されました。
パーチメントは、牛皮・羊皮・ヤギ皮を使用した薄い素材です。伸縮性があり、加工段階で削りや磨きをかけ、テンションをかけながら乾燥させることで硬く半透明なスキンとなります。染めと木の基材への張り込みには熟練の技が必要とされます。皮が反って剥がれないような工夫をしたり、曲面に張る時には弾力を調整したり、自然の持つ素材の特性と対話しながら加工を進めていきます。そして出来上がったアイテムには、控えめながら上質で温かな質感があります。
この素材は家具の世界で最近注目度が高くなっているように思います。つい最近も、アントニオ・チッテリオがデザインするパーチメント素材のキャビネットがMAXALTOから発売されていたのをB&B Italiaで拝見しました。アレキサンダー・ラモントでもここ3年間でのパーチメント商材は増えており、1年半前にオープンしたバンコクのフラッグシップショップでは、大々的にパーチメントのイベントを開催しました。その際に羊皮紙を専門とする八木健治氏(羊皮紙工房主宰)をバンコクに招待し、羊皮紙についてのレクチャーをお願いしたとのこと。せっかく日本人である八木氏ですから、羊皮紙とは何かを深掘りできる同様のイベントを、ぜひ日本でも企画したいと考えています。
3.ブロンズ
アール・デコの特徴的な素材ではありませんが、家具の脚や取っ手、ヒンジなどの金物から、装飾の小物までに使用されるラモントで重要な素材の一つが「ブロンズ」です。強度があり、色や形を作るという観点でデザインに自由度のある「ブロンズ」は、造形的素材としてヨーロッパ、アフリカ、アジアのデコラティブ・アートの世界で昔から使われてきました。使用される「ロスト・ワックス・ブロンズ製法」は遡ると6000年前に起源を見ることができ、タイにも関連性がある素材です。というのも仏教徒が大半を占めるタイでは仏像を作るために伝統的にブロンズの技術が受け継がれてきているからです。ラモントでは、アレックスが熟練の技術を持つ仏像の鋳物師とチェンマイで出会って以来、この製法による造形を長年にわたり作り続けてきました。
ロスト・ワックス鋳造の製作では、まず作りたいブロンズそのものの造形モデルをろうで製作します。造形モデルは自由に作って良いので様々な表現が実現できます。モデルが出来上がったらその上を砂や石膏で覆い被し、乾燥させ、熱を加えます。ろうでできたモデルは溶け、菅を通って外に出て行き、中に造形モデルの形の空洞を残します。この時、ろうがなくなるのでロスト(lost)と言います。次に溶解したブロンズを空洞に流し込み、空洞がブロンズで完全に満たされた後に砂は壊され、鋳物ができあがります。さらに磨きや質感の調整、色付けのフィニッシュ工程を加えブロンズの完成です。
Amaranth Lamp Table | Cracked lacquer by Alexander Lamont
アレキサンダー・ラモント / サイトテーブル / ブロンズ(脚)、ジェッソ&漆(テーブルトップ)
↑画像をクリックするとAmaranth Lamp Tableの製造方法(ブロンズ)のイメージ動画を見ることができます。動画で製作されているテーブルトップはシャグリーン+金箔です。
ブログの第2回、第3回では、アレキサンダー・ラモントが扱う中心的素材について書かせていただきました。このブランドを扱いはじめてから、「アール・デコ」は日本でとても人気があるのに、その時代の室内装飾デザインや素材についての情報は日本でとても限られていると感じるようになりました。もちろん、アイリーン・グレイはとても人気がありますし、庭園美術館の建築様式がアール・デコの影響を受けていることは誰もが知っていますが、まだまだある奥深いトピックスをラモントを通じてお伝えしていきたいと思っています。次回の最終回では、20周年を迎えたアレキサンダー・ラモントの新作「SIRENA」についてです。
アレキサンダー・ラモント 代理店
エルクリエーション株式会社 代表 高田真由美
アレキサンダー・ラモント ウェブサイト(英語)
http://www.alexanderlamont.com
アレキサンダー・ラモント ブログ(英語)
http://blog.alexanderlamont.com