「アーネストコラム洒洒落落」アルフレックスジャパンの代表 保科 卓さん 第一回「イタリア生まれ、日本育ち」

「イタリア生まれ、日本育ち」




こんにちは。
アルフレックスジャパン 代表取締役社長の保科卓です。
この度はアーネスト様よりブログ寄稿の機会をいただきまして、誠にありがとうございます。僭越ながら全4回にわたり当社の取り組みなどをご紹介させていただきたいと思っておりますので、お付き合いいただけましたら幸いです。


さて、アルフレックスジャパンは、私の父、保科正が1969年に設立をした会社であり、昨年で45周年を迎えました。まずは、当社の生い立ちをお話しさせていただきます。
1960年代、当時〈ヴァンジャケット〉の宣伝販促部に勤めていた私の父・保科正は、その頃の20代にしては珍しく、仕事で海外へ行く機会に恵まれていました。各地で訪ねた友人の家と彼らの生活を見るたびに、当時の日本の生活様式との違いを痛感し、日本人の生活様式もこれから急速に欧米化していくと考えました。そこで一念発起し、1967年春にイタリアへ渡りました。


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ミラノ市内、父と私(1967-8年頃)






父はミラノでアルフレックスに出合い、家具づくりを学びました。家具づくりといっても設計やデザインだけではなく、工場で実際に手を動かし、ソファを製作するために必要な技術をすべて体得しました。また夜にはよく、工員仲間の家に招かれたそうです。彼らの家では、白いテーブルクロスに、代々受け継がれたカトラリーやナプキンを使い、贅沢ではない食事でも家族みなで食事の時間をゆっくり楽しむ風景を目にしました。生活を大切にするイタリア人の日常に触れ、その豊かさに大きな衝撃を受けたと言います。(当時私は3歳になったところでした。)


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ミラノ市内、ティト・リビオ通りのアルフレックス工場 (1960年代)







こうして、父はイタリアの家具づくりのノウハウだけでなく、生活の豊かさとその他多くを学び、アルフレックス製品の日本での販売権と日本オリジナルデザインの製造権を持って帰国し、1969年10月にアルフレックスジャパンを設立しました。


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アルフレックス 技術開発担当責任者プリンチピ氏(左)と製作部長ブルッツィオ氏(右)と父(1967年)






設立当時の日本の住宅には、畳にちゃぶ台というスタイルもあり、どちらかというとソファは家族のためのリビングルームではなく、応接間の客用の場合が多かったのでしょう。良い家具を提案しても、「こんな大きな家具、日本の住宅には合わない」とよく言われたそうです。その家具から始まる豊かで楽しい生活や、快適な生活の仕組みが理解されるのには時間がかかりました。モダンで豊かなライフスタイルとはどんなものなのかを、わかりやすく表現していくことが鍵となりました。


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イタリア アルフレックスのトラック (1970年代頃)






アルフレックスジャパンは、自分の生活を楽しみ、自分の人生を愛するイタリア人から学んだ「豊かな暮らし」の概念を取り入れながら、日本の風土・価値観・住環境に適した、日本人のための"モダン・シンプルライフ"を提案し続ける、イタリア生まれ、日本育ちのブランドです。
私は子どもの頃から父の職場やショップにもよく連れて行ってもらいましたが、父が働く姿も、インテリアも、周りの方々も、全てが格好良く、いつも憧れていました。創業時とは時代が変わり、ものがあふれる現代はお客様のニーズに合わせて良い物を提供する時代です。これからもお客様のご要望にお応えし続け、長く安心して家具をお使いいただくために、お客様とのよりよい関係づくりに努めていきたいと思います。


▽アルフレックスブランドストーリー
http://www.arflex.co.jp/about/story/
こちらもよろしければご覧ください。




さて、次回はアルフレックスが提案してきたライフスタイルの変遷についてご紹介したいと思います。


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